コピー (3) ~ b1 東 洋 式 疑 似 餌 釣 研 究 所             2012年12月

東 洋 式 疑 似 餌 釣 研 究 所            

もっと自由に もっと深く 人と魚との出逢いを求めて。

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さようなら 2012

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今年も本当にありがとうございました。
Author:Megaceryle
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  1. 2012/12/31(月) 00:29:40|
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筑後川シーバス釣行 12月 繋がらない季節。

師走、12月の夜、僕は筑後川へ向かった。

このところ、九州と言えども寒い日が続いていた。

寒い=釣りに行かない 

という人もいるだろう。

釣りを休むのは簡単だが、一度、根が張ってしまえば、次に行くときは腰の重さは半端ではなく、もう二度とフィールドに立てないという気分になってしまう。

釣りたい気持ちに、めんどくさい気持ちが勝れば、釣りをしてきた理由さえ、見失いそうだ。

そんな寒い夜も、情熱を冷ます訳には行かない。


今回の狙いは、「意外性のある魚」

確実性はそこには存在しない。

つまりは、「釣れない釣り」である。
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午後22時半、コンビ二で熱いコーヒーを買う。

缶コーヒーばかり、好んで飲んでいた時代もあったが、今はブラックの入れたてコーヒーがあれば、何も要らない。

若い頃、カナダに十日ほど、滞在した事があるのだが、あちらのガソリンスタンドで買えるコーヒーがとにかく美味かったのを覚えている。

そんな記憶を辿りながら、今日のポイントへ向かう。


防寒の装備を固め、ロッドを持ち、一気に冷えた世界へ飛び込む。



この気温で、体が冷えて釣りが出来なくなるのは時間の問題であると直感するが、引き返すなんて事はしない。
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漆黒の世界に、不気味なまでの川霧が立ち込める。

幻想と現実の境目を暫し漂う。

僕という人間は、時に、孤独を楽しむ事を望んでいる。

人間社会、そこで人との関わりを断ち切らずに、いや切る事が出来ずにもがき、その孤独な生き物として、生と死の境界線に立っている。



この足場から、一歩踏み出せば、黒く太い流れは、遠慮なく、この身を攫うだろう。

もちろん、自殺願望などは微塵も無いが、生きる理由を常に探している。

この闇に、身を置くと、そんな自分の隠された部分、封印したはずの核心部まで表面に滲み出てくるから、不思議だ。

今、孤独という確かな時間、自由な時間を過ごしている。

この豊かな暮らしの中で、僕らはそれを失っている。


狩猟者であることの基本、腹が減り、仲間と逸れ、獲物を探す。

日常、暖かな部屋で、家族と美味い物を食らい、TVを見て、他愛も無い会話を交わし、寝るだけの暮らしでは、この感覚が麻痺してしまう。

この感覚こそが、釣りをする者、血の匂いを嗅ぎ付け獲物を狙う者だけが持つ、特別な研ぎ澄まされるべき感覚のはずだ。

理論やテクニックでは、補う事の出来無い部分、己の獣としての野性味、それを磨いて行きたい。

今夜は完全に見失った・・・のではなく。
初めから、存在しないはずの獲物、意外性を探している。
IMGP1380.jpg

こんな夜もシーライド30g、ボトムの魚を獲りに行く。

ここ筑後川では、11月中旬~12月下旬までが、僕も、仲間も、実績の無いシーズンとなっている。

有明鱸(有明海産スズキ)が10月末に落ちて、アフターが帰ってくるクリスマスまで、何のパターンも存在しない。

周年、この筑後川で釣りをする者として、どうしても、この季節を繋ぎたかったが、やはり簡単には答えは出ない。

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午前2時、体も冷え切ったが、それは苦痛ではない。

むしろ、心地よいくらいに感じた、気持ちの良い負け方もある。
「意外性のある魚」には逢えなかった。

釣れる釣りに逃げるよりも、釣れない釣りで負けるほうが僕に合ってる。

そして、この釣りをしていて、毎年思う事がある。

「釣りのシーズンは終わると同時に始まっている」

ということである。

新たなシーズンの幕開けに向けて、今は、調整期間、コタツで過ごすか現場で過ごすかでは、結果に何か差があるはずだと信じて、次に繋がる釣りをして行きたい。

テーマ:ルアーフィッシング - ジャンル:趣味・実用

  1. 2012/12/19(水) 18:23:13|
  2. 本流・鱸疑似餌釣
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続 九州での暮らしと釣り

北関東出身の僕が九州の釣師に成ってからの釣り~

情報発信をするといういうこと


前回の話の経緯で、約5年程前、ブログ:東洋式疑似餌釣研究所 は、スタートした。
その大きなテーマは、西洋から始まったルアーやフライの釣りも、日本に導入されてから半世紀を過ぎて、今では日本から世界に発信する時期になってきている。

他から教えて頂いたものを、感謝して恩返しするといった、日本らしいものの考え方、文化、それは素晴らしい事である。

アングラーからアングラーへ良い循環が生まれて、世界中のゲームフィッシングで、東洋式の釣り方が広がってゆく事を、遠くは夢に見ているからである。 

今は、日本発、アジア発、の疑似餌釣があるべきだと。
DSC00993.jpg
(Author)著者名は Megaceryle とした。
色々候補はあったのだが、ヤマセミの学名に由来する。

なぜヤマセミかというと、昔、ヤマセミを秩父で見たとき、その優雅な姿に僕自身が感動した事、それと、ヤマセミが自分の羽を水面に落として虫と間違えて水面に出てきたヤマメやハヤを捕まえるという行動から、疑似餌釣と結び付を感じ、野生の知恵に深く、感銘を受けたからであり、改めて野生は素晴らしい。

ブログ開始当初は、北関東時代に撮影した釣行写真をデジタル化して残し、記事にする作業から始まった。
画像 161
通常、ブログ発信には、写真なり、釣行データなり、「ネタ」を必要とするのであるが、そのネタには困らないほど、過去の遺産があったのである。

写真を撮っていた時代の事

過去の写真の半分は、仲間の撮影である、僕の釣行シーンを一眼レフカメラを片手に持ち追っていた仲間が居た。

彼は、僕等がしている、面白い釣りを、記録に残さない訳にはいかないという一身で、ファインダー越しに僕の姿を追い、シャッターを切っていたという。

それは、90年代後半~2000年代前半、時代は先のバスブーム終盤の頃の話である。
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大型釣具量販店に市場を奪われ、小さな釣具屋は徐々に閉店に追い込まれ、次々に街から姿を消していく状況にあった。

僕等は、ある釣具屋で知り合い、その店の常連で、釣り場を開拓する、先遣隊だったのである、常に、新しい釣を探して、皆に伝えるのを身上としていたのだが、誰にでもという訳では無く、この楽しい釣を釣具屋のお客さんに成ってくれる人だけに伝えたい。
そう思っていた。

そう、釣具屋のお客さん限定情報の発信である。

僕等の居場所、溜まり場、遊び場は、自分達で守る必要があった、それが過言ではないほど、市場が激化してゆく中で、小さな釣具屋を守るために、売り上げに少しでも貢献したかったのである。

内陸のバスとヘラの釣具屋だったのに、本流トラウトやソルトの商品を置かせてもらい、釣行写真、魚拓、手書きの釣行記事を店内に掲載して活路を見出そうとしていた。

何時しか、「仕入れアドバイザー」に成っていた。

自分達で考えて仕入れを提案して、それで釣果を出して、売れるようにするまでが僕らの役目。

本当は、そんな事は店主、店員のすることだろうけど、従業員は無く、家族で営業している小さな店である、僕等は完全なボランティアでそれを行った。

ここまで、客に愛された釣具屋は、後にも先にも無いだろう?と思えるくらい、僕等は真剣だった。
本流

そして、心の底から笑う事、喜ぶ事、悔しがる事、分ち合う事を知った。

その時、既に、僕の中では情報発信をする意味とか、ベースみたいなものが出来上がってたである、ブログに登場する古い写真はそのときのものであり、当時から魚の写真には工夫をしていた、「どうしたら釣りたい魚に、行きたい場所に写るか?」というのがテーマだった。

僕が当時やってきた、「シーバスおかっぱり無料ガイド」 も 「利根川サクラマス無料ガイド」 も 自分の釣仲間が欲しいからじゃなく、僕等の釣具屋を守りたいという、その一環で行っていた事である、そうして内陸の釣具屋にも、シーバスフィッシングをする文化が生まれたのである、今までは、無かった、シーバス情報、港湾、干潟、河川、と お客さんたちは広がっていった。

店内のロッドコーナーには、僕が利根川でキャスティングしている姿の大きな写真が飾られた。
それは、少し恥ずかしかったけど、凄く嬉しかった。

それから数年後、僕が九州に来て間もなくのこと、兄貴分だった釣具屋の店主が、難病に倒れ、この世を去った。

九州に行き、写真を撮る意味が無くなったのは、見せる場所、魅せる相手を失った事、そういう意味も含んでいるのである。
C3.jpg
兄貴分の店主は天国で僕等の事を見ていてくれるだろうか・・・



上げ潮の攻略

やがて、ブログでの筑後川シーバス釣行記を始める。
そこでは、上げ潮のタイミングが一つのキーポイントになっている。


僕がスズキ釣りを覚えた東京湾では、総じて満潮から下げを釣るのがセオリーだった。
ところが、この筑後川では、何故か上げ潮のタイミングで良い釣りをすることが多い。

大きな理由は、下げは激流でも、上げはマイルドな潮で、良い流速が長く続く事が多いからチャンスも多いのである。

以前、魚は泳いで海から来て、泳いで海に帰ってゆくのかと思っていたが、フィールドを観察してゆく中で、この考えが間違いであると思い知らされた。

大きな潮汐の中で、ベイトとなる甲殻類も小魚も捕食者のスズキも、大きなマクロの目で見れば、その潮にのって川を上り、下げと共に海に戻る。

移動中のスズキは何もせずに潮に乗って、流木の様に、水に漂い移動する。 

魚の立場からすれば、潮に身を任せたほうが、無駄なエネルギーを消費しないで、ベイトのいる場所まで運んでもらえるのだから、実に都合が良いのである。

その根拠は、筑後川に限らず、そういう光景を何度も見ている事が大きい。

概ね、生物の移動を伴う行動は、無駄が少なく合理的なものである。

そう、筑後川ではこの上げ潮を、どう釣るのかで楽しみの幅が変わってくるのである。

僕は夏のある場所で上げ潮のパターンを発見した、その後、仲間である筑紫次郎氏、釣友氏の両氏にのみ、その存在を明かした。

彼らは、早速、結果を出してくれた、それだけではなく、僕が答えを出しきれてなかった各ポイントでも、次々に結果を出してくれたのである。


シーバスの写真撮影は

今だからの話であるが、当初の釣行記では携帯での写真撮影だった。

それは情報発信してゆく上で、難ありです、問題外です。
F1060006.jpg
しかし、当時の僕は、夜間だとちゃんと写らないことすら知らなかったのである、過去の釣行写真は全て、PENTAX製のエスピオ105WRという防水&ズームのコンパクトカメラ(フィルムカメラ)で撮影していた。
九州に来て以来、暫く写真に興味の無かった僕は、まあ写ってればいいか・・程度の撮影で携帯電話でパチリが多かったのである。

しかし、ブログ掲載用となると、どうしてもデジカメなしでは困難な事がわかり、半年後くらいからはデジカメでの撮影に切り替えた。

数多く写真を撮る中で、読者向けの写真はどうあるべきか、自分らしさをその中で出すにはどうしたらを考えた結果、今の撮影スタイルに落ち着いた。

僕は写真の素人なので、カメラは安物、PENTAX製のオプティオE90での撮影であるが、良いものを切り抜きたいという、気持ちはプロ?である。

シーバスの撮影、その中で気をつけていることが二つある。

そのひとつが、キャッチしたら素早く撮ること。
もうひとつが、目に、鱗に、ピントを合わせること。

それだけで、魚は生きたままの姿で写真に納まる、時間が経てば経つほど、魚は酸欠になり、生きていたとしても死んだ魚の目になってしまうもの。
生きたままを伝えたい、その気持ちを一番に届けたい。

魚は、目にピントを合わせて、撮ることで生き生きと写るもの、ピンボケは一番無駄なので、撮るからには操作や設定をきちんとやるべきであると考える。

そして、リリースをちゃんと行って蘇生して魚が命を繋げるのが僕らの努めである。

成るべく早く逃がしてあげる事、それは凄く大事である。

それがたとえば、夏の渓魚になると躊躇に現れ、20秒以内に撮影を終えないとリリースすら困難になってしまう。


カワゴカイのバチ抜け

九州にきてから、バチ抜けパターンで釣ったという例を聞いた事が無かった。

早春、2月の始めの大潮から、東京湾のあるエリアでは、バチ抜けがスタートする、産卵したスズキがアフターで帰ってきて最初の滋養強壮の餌がバチなのだろう。
PIC_0198.jpg
毎年、面白い釣をさせてもらっていた。

九州、筑後川流域ではどうだろう?それはずっと疑問だった。
あるベテランからは、有明海はベイトが多いので、この界隈で「バチ抜けパターン」は無いとまで言われた。

ところが、4年前の冬、仲間がその欠片をフィールドで見付けてしまった。

それは、カワゴカイだった。
そうして、バチ抜けの釣りを試してみるとドンピシャリ、釣れるのである。

何処でも定説はある、それは間違いじゃないと思うが、100% では無い。

バチ抜けに限らず、東京湾での定番の釣り方、地方でやって無い釣り方、それは沢山ある。

逆に、地方では定番で東京湾ではやられていない釣りもあると思う。

情報発信、情報の共有化は、この釣りに新たなる未来を見せてくれるのだろうか。

結論、上げ潮の釣りやバチ抜け、こういう発見があるから、釣は楽しい。


この先、これからの釣り

色々な経緯と、切欠があって、釣リブログを始めて、早いものであと2ヶ月で5年になる。

僕が一番伝えたい事は何か?と考えてみると、ある日、釣と出会う事で始まった、僕の物語を伝えたいと思っている。

平凡な日常にも、釣りという世界を入れると、物語になるという事。
僕の様な、平凡な人間にも、釣に纏わる物語がある。

最近、色々な方から、僕の「世界観」に関して言われる事が多くなった。

僕が見ているものは、僕だけにしか見えないもの?いいやそうじゃない。

誰にでも「見えるはず」だと思う。

僕の世界は、特別な世界じゃない、何処にでもある世界。
足元の石ころのように、そこにそっと在る。

生まれてから死ぬまでの時間だけ、見る事の許される世界。

これまでのように、これからもその世界には釣があり、フィールドがあり。

魚や仲間と出逢い、僕の命の限り続いてゆくのだろう。

最近は、今まで以上に、これからが楽しみで仕方ない。

ワクワクしたあの頃の記憶、カァーっと熱くなれる瞬間。

あと、何回味わえるのだろう。

これからも、一瞬、一瞬を大事に釣りたい。

それを、九州の釣師として、物語りに鏤めて行こう。

テーマ:釣り全般 - ジャンル:趣味・実用

  1. 2012/12/14(金) 23:41:12|
  2. 嗚呼、釣り人生
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九州での暮らしと釣り 

今回は、生まれも育ちも埼玉県の僕が九州の釣師になるまでのお話。


8年前の夏、生まれ故郷を離れ海を渡り、九州へ

人生は時に、小さな切欠で大きく変化する、それは縁やチャンス、転機なのかはわからないが、僕の場合、人生の中での転機は、現在の嫁との結婚で始まった。

ある日から始まった、不慣れな九州での生活、最初は聞いた事のない言葉(方言)に戸惑いながらも、徐々に、この土地に馴染んでゆく。

色々な事があったのだが、結論から言えば、それで良かったと思っている。

釣りに関して言えば、渓流や湖、本流で楽しんでいたトラウトの釣りは、少し遠のいている。
釣行時間などの自由があれば、何れまたそちらも注力してゆきたいと考えてるが、今は生活環境がそれを許してはくれない。

その分、海の釣り、川鱸の釣り、小川での小物釣りは以前よりも更に楽しめていると思う、30年前に既に消えてしまっていた日本らしい原風景の環境がこの地にはまだ多く残っている。

筑後地方の人々は人間味に溢れ、情が深く、目立ちたがり屋でお調子者、それでいて勤勉で真の強い人達である、この土地の様々な人々の助けもあり、何とかこの地で生きている。

北関東と九州、一番は食文化が関東と違う事ではないだろうか、僕は本来、食べ物に興味があるほうではなかったが、この土地の飲食関係は北関東に比べて遥かに充実している、安くて早くて美味いは常識であり、焼き鳥にとんこつラーメン、馬刺しにホルモン、特に魚介や地鶏は新鮮で楽しみの一つである、そして、食べに食べて、太りに太ってしまった。

実に+20キロである。

さすがに、これはマズいと思い立ち、昨年からダイエットを始めて17キロ減量した、あと5キロを目標に日々努力をしている。


日々の生活

僕は、関東を離れる直前まで、街のタイヤ屋の店員だった、車が好きで、その仕事が好きで、何しろ、車業界、お客も同僚も同業者も、どうして釣り好きが多い。

釣り好きってだけで、お客とも話が弾み、結果、商品が売れて、業績が上がり、釣り好きの上司とも円滑にコミュニケーションがとれて良い仕事がもらえる、そんな面白い事は無かった。

釣りも、利根川、東北、北陸河川でのサクラマス、越後の魚野川、秩父荒川本流の大ヤマメ、秩父や長野の渓流でイワナ、ヤマメ、夜は東京湾でシーバス、那珂川から、相模川くらいまでの海岸線を年中走り回っていた。
夏
釣った魚も多かったけど、そんな釣りに飽きている、冷めている、自分もいたりした。
釣れれば良いってのは限界がある、そう感じていた。

それでも、その状況にまったく不満は無かったが、自分の家族が欲しかった、男として、人として、そこは譲れない部分だった。

そうした事が理由で、慣れた環境を、敢えて離れて九州へ行った訳である、九州へ行ったら当然、無職、釣りに関しても0リセット。

流石に無職では、生活は出来ないから、幾つかの自動車関連の会社に履歴書を持って面接に行った、しかし関東から来たばかりって理由でハネられてしまう。

そりゃ人脈無ければ、初期は売れないだろうから、仕方あるまいと思うけど、人を選ぶ立場の人はもっと将来性も見て欲しいと思うのだが・・・

幸い、嫁の実家は、酪農家である、父上の「うちにきて、牛ばせんね、どげな男かわからん奴は、おいは、認めんよ!」その、一声で僕は、酪農という仕事をしながら、職を探すことになった。

正直、酪農は重労働である、飼料の重い穀物や牧草を運び、熱気と臭気に一瞬、気を失いそうになるが、作っているのは食品である、神経質なまでに衛生管理をして乳を搾り、子牛が生まれる晩は寝ずに世話をし、朝早くから、夜遅い時間までの労働、生き物相手に休暇など無いから、過酷ではある。

ただ、肉体的にはキツイが、精神的には追い詰められる事などない分、気楽ではあった、このまま酪農家で良いかなとも思えたくらい、その仕事を気に入っていたが、しかし嫁は、この先、不安定な酪農よりも、普通の会社員に成る事を切に願っていたのである。 

この時代、普通の会社の会社員ってのが有りそうで一番無い職業なのだが・・・

その後の就活で、秋には商社である現在の会社に就職が決まる。
商材も保険から携帯電話、自動車販売、飲食業まで幅が広い、何でも屋さんである。

売ってるものが広ければ、食いっぱぐれが無いだろうと、安易に決めたが、採用直後は、希望の自動車販売の仕事に就くことは出来ず、別部門、しかも名古屋営業所への配属となり、暫く釣りからも家族からも離れた暮らしをしていた。

冬に九州に帰ってくると、再び釣りを再開、釣りに行けるようになるのだが、やがて子供が産まれ、他の父親をされている先輩の皆様同様に、育児の合間の釣りとなっていた。



有明海と筑後川その環境

荒川と利根川、東京湾で育った環境から一変して、これからは、この筑後地方での釣りである。

まず、最初はフィールドの生い立ちを知るべきである。

この北部九州、筑後平野に広がる、有明海と筑後川、そこに今も独自の環境があり大型の有明鱸(有明海産スズキ)を育てる。

氷河期の時代、黄河の河口には、途轍もなく広大な干潟が広がっていたといわれている、その時代、日本列島も、広大な大陸の一部にあり、まだ日本海は無かった。

やがて、海面の上昇、地殻変動ににより、日本列島が生まれ、日本海が誕生し、阿蘇山の火山灰などが流入河川により運ばれ、大きな潮汐差と泥質の干潟を有する、今の有明海が誕生したとされる。

そして大陸由来の生物、魚類、エツやアリアケシラウオが、その命のサイクルを絶やす事無く、現在まで繋げたのは、有明海と筑後川をはじめとする、流入河川が持つバランスの取れた環境の恩恵であるといえる。




この地での釣りが始まる

シーバス釣り自体は、九州に来る以前から、好きでやってきた釣りであり、僕には、この釣りの師匠はいないから、独自にポイント開拓も釣り方も試行錯誤して身に付けてきた事、持論もあったり、マイポイントも数多く抑えていた。

東京湾や利根川では、そこそこ釣る自信も、はじめての人をガイドして釣らせる(某釣具屋の臨時ガイド?)事もしていたので、自信もあったのだけど、しかし、ここは九州、まるで勝手が違う。

関東で使っていた、釣り道具は、ほぼ全てを持ってきたが、正直、どう釣れば良いのか知らなかった、本州、四国、九州の何処にでもスズキはいる、「きっと筑後川にも鱸はいるだろう。」で、事前情報抜きで始まった筑後川での釣り、当初のタックルはCPS862EX‐tiにセルテート2500Rカスタム。

東京湾や利根川で使用していたありきたりのルアー、ナイロンライン10llb、リーダー25lbという使い慣れたラインシステムで挑んだ。

潮止めの筑後大堰から河口まで下流を走り、各所ここぞと思う場所でキャストをするが、物凄い濁り、大潮であっという間に潮が引き、先ほどまで水の中だった場所も陸になってしまう。

そう、一般的には大潮の下げなんて言えば、一番潮が効いて釣りやすい筈なのに、此処筑後川では、それは激流を意味する。尋常ではないスピードで水面が下がり、目の前のポイントは激変する、とても釣りどころでは状況で、初日は完全な下見で終わった。

通日後、情報を探るべく、釣具屋へ出向く。

運良く、近所には大型の量販店があった。そこで筑後川での鱸釣りを尋ねてみたところ、不可解な情報を得た。

「基本はバイブレーション・遠投・エツボイル・トップウォーターで大型、他の情報無し、ミノーでの実績殆ど無し、フローティングミノーでも稀に釣れるらしい。」というものだった。

僕は「そんな馬鹿な事はないだろう?」と思った。

地方のフィールドでの、ローカルな情報は概ね、断片的な事が多い、東京湾の様に全体像としてのシーズナルパターンの基本ベースが無いものである、それはアングラーの絶対数が少ない上に、複数のアングラーから総合的な情報ではなく、少数、もしくは一団体、下手すれば一個人の偏見に満ちた情報なのである。

それは、シーバスに限らず、他の釣り、渓流でもサクラマス釣り同じ事が言える。

過去、インターネットなど無い時代に、僕はそれに散々振り回されてきたから、直感的にこのフィールドはまだ未開の地であると感じた。

先日の下見の際に、メインの大堰以外の場所に釣り人を見かけなかったのも、そういう意味だった事を知ったのである。


未開拓、それならば、一番可能性のある場所を叩け!

8月下旬、二回目の釣行で僕は迷わず、ある場所を目差した。

東京湾の流入河川で言えば、超付くほど有名なポイントがある。「旧江戸」である、そこでの実績ポイントを、この筑後川に当てはめてみたところ、その場所が浮かんだ。

少しだけ早いが、この時期ならフローティング各種⇒シンキング各種ミノーのドリフトで答えが出るはずと過程して、満潮時間にフィールドに立った。

下げの激流になる前に、潮が動き始めるとき緩やかな時間があるはずだ、そこでやるべき事をやってみて考えたいという腹だった。

満潮1時間後、潮が動き始めた。

だが、直ぐに答えは出なかった、海からの強い風は、ラインを上流側へと孕ませコントロールを失ったルアー、その存在すら把握できない状況である。

各種、ルアーローテーションをするが、空振りに終わる。二時間後、足元のテトラが露出してきた・・・あと少しでこの場所も釣りが出来なくなる。



郷に来たら郷に従え

最後の手段としてTDバイブを取り出した。
「郷に従え」という言葉が脳裏にあった。

下流側へ流し込みターンをさせると、「コツン」とバイトした。直後、鰓荒い、45cmほどの黒点を鏤めた魚が、足元の草むらに横たわる。

「え?タイリク?星?」 直感的に、この魚が関東で釣ってきた魚と違う事は理解出来たが、この時点の僕でも、四国、広島方面のタイリクスズキの話は聞いた事はあったが、有明海に居るなんて聞いた事無い。
スズキ
「まあ、釣れたからいいか・・・」と楽観的に考えて、その場を後にした。

帰宅して嫁に「釣れたの?」って聞かれて、「釣れたよ」って答えたが、彼
女は「何で持って帰ってこないの?」と言う。

ああ、食べるのか・・・ 食べるのね、そうね、そうね。

釣った鱸を食べる。

日本の釣り文化として当たり前の事を、東京湾の工業地帯で釣った、不思議なケミカルな味の身が付いた鱸を食べて以来、そんな事も、僕は忘れていた。

「んなら、次はクーラー持って行く!」と答えて、次回の釣行を目論んだ。



やっぱり納得がいかない・・・

最初のシーバスを釣る事は出来た、でも、好きな釣り方じゃない。
やっぱり、ミノーを流して釣りたい。 

数日後、満潮、夜9時、同じタイミングで、TDバイブで釣った「旧江戸みたいなポイント」に行った。

ラパラ X‐RAP 9cm セット。
上流からポイントへ流し込む、ターンを終えた頃、「コツン」っとバイトがあった。

「あーほら、やっぱりミノーで釣れるじゃん!」と独り言を言いながら抜き上げる。

65cmほどの体高のある綺麗な魚、このサイズになると立派である。

「あ、また黒点・・・」 

タイリクなのかなぁ。。と思いながら、鱸の側線にナイフを入れる、真っ赤な血がドバっと噴く、続いて尾びれの付け根にも同様に地抜きを施す。

痙攣して硬直して息の根を留めた鱸をクーラーボックスに放り込む。
命を頂き、命を繋げる、それは、僕ら人類が誕生してから、ずっと続いている事だし、悪い事ではないのだが・・・

やっぱり、この作業は嫌だ、何度やっても、鱸を殺すのは好きになれない。


その後、連発、メケメケ11cmでも同様にバイト、そして同様なサイズをキャッチする。

結果5本釣って、4本キープして終わりにした。
それら全てに「黒点」が存在していた。

それが筑後川、「有明鱸(有明海産スズキ)」との出会いであった。




記録としての写真

どういう訳か、当時の写真は一枚も無い、写真を撮る気にならなかったのだ。

当時の僕は、釣果を自慢するのは「愚かな人間のすること」だと思っていた、自己顕示欲、承認欲の為に、釣りをしているのではない。

釣りが、自己完結できず、その釣果を誰かに見せたいという欲求がある、すなわち自分は人に釣れない魚を釣ったのだと、自慢したいってことが凄く次元の低い事に思えていたのである。

そんな無駄な釣りをするよりも、もっと充実した満足できる釣りをしたかったのである。

スズキに限らず、釣った魚を食べる事、それは暫く続いた。釣れた事への承認、その対象は、嫁や家族だった、後から誰かに話すなんて事も考えてなかった。

当然、ブログなんてする気も、毛頭無かったし、魚釣りに行って釣れた魚を美味しく食べてまた釣りに行く。

そんな原点の釣りに、写真を撮るなんて余地は無いのである。



冬の有明海、春の筑後川

僕の釣りは、この有明海から再スタートした。

場所は熊本県の某港、小さな流入河川がある小さな港、その形状からか、シーバスの魚影が一年中見られる。

此処では、東京湾奥のストラクチャーを打つ釣りに近い感覚でシーバスを釣ることが出来る。
サイズこそ、40~50cmの小型が多いが、東京湾でも、この釣り方では、釣れてくるサイズは同様だ。

しかし、釣れてくるスズキのほぼ全てに黒点があり、また、潮汐差は相変わらずで、ここが有明海である事を思い知らされる。

此処での釣りは、大量に湧いた小さな海老に、シーバスがボイルしている、それを小型ルアーで獲って行くという釣り方である。

ここでも、相変わらず写真を撮る気には慣れず、釣っては血抜きの処理をしてクーラーボックスへ入れて家で調理するを繰り返していた。

釣果こそ、そこそこは釣れていたものの、この頃はまだ、東京湾の釣りをベースに自分の知ってるパターンに合うフィールドを探して、海岸線を右往左往していたに過ぎない。

本来してきた、フィールドに合わせた自分の釣りをしたい、「もっと、自由に釣りたい。」 そう願っていた。

やがて春になり、数回、筑後川へ向かった、その頃の、「課題」は、メジャーポイントである筑後大堰を攻略する事だった。

そんな中、堰下のポイント、前の日の晩から投げ続ける事、10時間、足元のカケアガリからバイト、いきなり釣れたのは76cm、これが、東京湾や利根川なら、満足行くサイズなのであるが、なんとなーく釣れてしまった・・という感じであった。

旧江戸風マイポイントや有明海では、そこそこ釣る事が出来たのだけど、それでもイマイチで満足と呼ぶには、ほど遠い釣りだったが、ただ得る事も多かった、実際、この頃、釣れたシーバスの胃袋の中は、調理前に毎度確認していたから、その内容物から、ある程度の食性を把握する事にも繋がったのである。

フナや手長海老、エツ稚魚、サヨリが意外にも捕食されていたのである。

その後、ベイト由来からの釣りの組み立てが急激に進められて行った、今でこそ、僕の中で定番になるジグミノーの釣り、フローティングミノーによるドリフトの釣り、バイブレーションによるレンジを刻む釣り、そのベースはこの頃に僕の中で組み立て始められていた。



仲間との出会い

釣り場での交流を全く望まない訳ではないが、基本的には人の居ない場所を選んで釣行することの多い僕である。

そんな僕でも、自分と同じフィールドで何度も見かける人に関しては、きちんと話をすることがある。

彼もそんな一人だった、僕がフィールドで夜を徹して釣り、朝を迎えるときには必ず、彼の姿があった、そして一日たりとも彼の姿を見かけない日は無かった。

彼は常にフィールドに立ち続けなければ、その答えは得られないと言う、まったくもってその通りだと思う。

彼は「フィールドに立ち続ける」それを実際に行い、経験上の観点から釣りを唱える。

「よく会いますね?」と話しかけた相手が、筑紫次郎氏筑後川 有明鱸(シーバス)通信だった。

それがご縁で、現在までお付き合いさせてもらっている。

当時、彼も、僕もブログはしていなかった。

ただあまりにも、この地域で言われている、所謂、筑後川の定説と実際のフィールドの状況、事実とのズレに疑問を感じていたところが共通点であり、接点であった。○○じゃないと釣れない。

それは誰が言い出したのか、根拠の無い様な定説が、何時しか一人歩きしてしまっている、僕らはその定説を覆すべく、真実をフィールドで追究する事で意見が一致した。

しかし、名前も連絡先も、聞かぬまま、何時しかフィールドでは見かけなくなっていた。

何時でも会えるからいいか、なんて思っていたら、一年近く会うことが無かった。

こんなことなら連絡先を聞いておけばよかった・・・少し後悔していた。




その夏、その秋

それから筑紫次郎氏との交流は、ぷっつりと途絶えたまま、季節は夏へ移行していた、僕のフィールドはサヨリポイントへ移った、ロッドも9.6fのへビィな物へチェンジした。

ジグミノーでの釣りが見えたある夏の晩、87・84・73cmと良型を連発するが用意したクーラーにはそのスズキ全ては入らなかった。

その頃になると、家族もスズキを食べなれてたのか「えー?またスズキ?」と不満を言うようになった。冷蔵庫ではなく、冷凍庫行きになるスズキの切り身が溜まる度、スズキを殺すのに違和感を覚え始めた。

やがて、僕の釣りに対する情熱もある意味冷め始めていた。

何時しか、再びリリースを意識するようになった、持ち帰るのは食べる分だけ、一晩、一本限り、である。あとはリリースする、撮影も測定もすることなく、リリースしていた。

ノータッチ、ノー計測、水中リリース。そうなってくると、釣るのも虚しくなってくるのだが、不思議とバラしても悔しさが少なかった。

ある夜明けを迎えた朝、大型を釣る事が出来た、測定する事なく鰤袋に入れて家に持ち帰った。

たぶん90cmくらいかなと思って、家に帰り冷蔵庫に入れようとするが入らない、仕方なく頭を落として入れることにした、折角だからとメジャーを当ててみると95cmだった。

帰宅後、物音で起きてきた、嫁に「写真撮ったほうがええよ」と薦められて一枚だけ写真を撮った、久々にスズキの写真を撮った。 

だけれど、めんどうだったのだろう、携帯でパチリだった。
95.jpg

それからも単独釣行が続き、この年は80~90cm台と思われるサイズをこの後も数本追加したが、残念ながら、写真も撮らず、測定もせず、また釣れるだろうと、高を括っていたのだが、後にも先にも、この年ほど大型が連発した年は無かった。

まあ、大型を釣ったところで、その喜びを分かち合う仲間もいなければ、家族も喜ばない、それならば、釣った鱸を執拗に虐める必用などなく、用が済んだら速やかにお帰り頂くのが正しいと思えたのである。


そして冬の日に

僕は、旧江戸風ポイントへ出向いた、凍て付く寒さ、空が何処までも澄み渡り星空の綺麗な12月の夜だった。

当然、釣れなくて、帰れなくて、僅かな可能性を探すべくして、その場所へ降り立った。

何時間釣りしていたであろうか・・・・・・

暫くして、遠くから此方に近づいてくる人影があった、ロッドをもっているところを見ると、釣師の様だ。

それは、筑紫次郎氏とそのお仲間の釣友氏のお二人だった。

「やっぱりこの時期でも通ってるんだね・・・」と、別々の場所で、良い秋を過ごしてきたこと、筑後川から情報を発信するブログを始めたこと、それと連絡先を交換した。

筑後川で出会う事の出来た仲間、フィールドに通う事で生まれた縁、釣行を記録として残す事で何か次にに繋がる気がした。

冬

それから間もなくして、僕も、ブログ:東洋式疑似餌釣研究所を始めた。

一人でぼちぼちやってきた釣りは、徐々に情報共有と情報発信をする釣りへと変わり、魚を釣るという意味、記録を残す意味を持ち始めた。

撮らなくなっていた釣果写真も撮り始めるようになった。

その冬から僕は、北関東の釣師から ようやく「九州の釣師」に成る事が出来た気がした。

そして僕等は、この黒点のあるスズキを「有明鱸」と呼ぶ事にした。

本当に良きフィールド、良き魚、良き仲間が、此処には揃っている。


テーマ:釣り全般 - ジャンル:趣味・実用

  1. 2012/12/11(火) 22:33:36|
  2. 嗚呼、釣り人生
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今年の事、これからの事。

早いもので2012年もあと僅かである、例年に無い寒波から始まった今年。

どんな年だったかといえば、春から季節は少し遅れながら進み、初夏には豪雨、濁流と化した川は、山肌を削り、人間の作った構造物の多くを粉々に粉砕しながら全てを呑み込み流れ消えた。その痕跡、傷跡も消えないまま、駆け足であっという間に秋を向かえ、冬になってしまった。
釣行回数こそ大幅に減ったが、出撃回数に対して釣果には恵まれた年だった。

僕が九州に来た頃から7年が過ぎ、当初、暗中模索だった筑後川のシーバス、有明鱸(有明海産スズキ)の事も少しづつ見えてきた。
それでも、毎年、やりたい事は山の様にあるのに、出来る事はほんの少しだけである。

一番釣りに行ったのはオイカワのフライフィッシング、僕にとっては少ない時間でも気軽に出来て為になる釣りである。

この地でスズキやオイカワの他に、僕が釣師として、この地で追う夢は、幾つかある。

その一つは、昭和中期までは漁獲の確認が見られた、筑後川のサクラマス。

そして、小川に潜む小さな宝石、オヤニラミ。

嘗て全国のアングラーにに衝撃を与え、現在は幻となったダム湖のトラウト達。

今の時代、その存在すら僕が勝手に思い込んだ幻想に過ぎないのかもしれないが、少し昔、50~30年前までは、その何れも当然の如く存在していた魚達である。

この世は、目に見えるものが全てと唱える者もいて、富を得る事が何より優先だと信じている者もいる。もちろん資本主義の世の中では、生きてゆく上で必要な部分と思う。

しかし、その為に、僕等、日本人が、日本の釣師が失った大切なもの。
目に見えないが故に、その存在を失った事にすら気付いていないもの。

フィールドに立ち続けた釣り人の目線でしか見えない世界がある。

無機質なコンクリートで固められた川辺、フェンスで囲まれた世界。
消された、生き物達の悲痛な叫び、その生々しい悲鳴、野生の澄み切った、美しい瞳の中に堪えた悲しみ。
それでも、それを物ともせず、命を繋ぎ続ける強かな魚達。

この地に根を張り生きてゆく中で、僕に出来る事。

それは釣る事、伝える事、続ける事でしか無いのだが、本当に残せるものは残したい、取り戻せるものは取り戻したい。

きっと、まだ間に合うと信じている。
IMGP1302.jpg
今日の筑後川、僕の好きな川である。
寒い北風に揺れるススキの穂、右手に見えるのは耳納連山。
IMGP1300 (2)
オイカワと遊んだ小川もひっとりと静まり、小鮒も深みに沈み、冬枯れの景色になった。誰に薦められた訳でなく、誰に邪魔される事も無く、自分で選んだ場所、この素晴らしい環境で釣が出来る事への喜びは大きい。

綺麗な砂浜の海では無く、水の澄んだ深い森の渓流でもなく、特別な景観があるわけではなく、少し前まで、ごく普通の日本の何処にでもあった原風景。

人々がそこで暮らして、田んぼや畑があって、水辺が豊かな場所。
最近、それが特別に思えてならない。

今年も残すところ、あと一ヶ月、少し釣れない釣りを楽しもう。
そして、夢に逢えた時に、胸が熱くなれる釣りをしよう。

この先、どんなに水辺が変わっても、僕の心はずっと変わらないだろう。

テーマ:釣り全般 - ジャンル:趣味・実用

  1. 2012/12/04(火) 18:53:55|
  2. 竿休め
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Author:Megaceryle
■北は青森県~南は九州まで釣歩いた疑似餌釣師です。

源流から沖合いまで疑似餌で釣れると聞けば何処へでも向った時期は終わり、現在は筑後地方での疑似餌釣りを楽しんでいます。

沢のイワナから青物まで何でも釣ったら面白いと思います。

今までの僕は、人から釣を学び自分の釣りにしてきた。
今現在の僕は、人に自分の釣を伝えたいと思った。
此処からの僕は、誰よりも釣を楽しんでやる。

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